おやすみなさい、けん一さん。

こんばんは。

今夜は、少しだけ寂しいおはなしです。
でも、悲しいというよりも、心から、おつかれさまでした、と伝えたい気持ち。

ノイズシェーンは2度、移転しています。

その、一番初めの店のお向かいにあった、中崎通り商店街の中の古本屋さんが、『青空書房』。

けん一さんが、奥様と一緒に営んでこられた、古書店。

戦後の焼け野原。
ちょうど中学生位だったけん一さんが、手に入れたのが、ある小説。
けん一さんは、一気に、本にのめり込んだそうです。

あちこちに、もう読み手がいなくなった、誰のものでも無くなってしまった本や雑誌が散らばっていて、生まれ育った天満から、「南をみたら、上町台地の下に天王寺や新世界のドヤ街が見えて、西をみたら、焼け残った福島の家が見えた。」と、商店街のアーケードの下で、話してくださったことを今でもはっきりと覚えています。

それらを拾い集めては読み、知識を深め、
そして、いつしか、読み終えた本を欲しがる人々がいることに気づいて、それを販売することを生業とされるようになりました。

もちろん、混乱期が終わると、きちんとしたルートで仕入れておられましたw

古書店といっても、なんでも取り扱っていたわけではなく、
けん一さんが「後世に伝えたい」と思ったものだけを集めておられました。

だからよく、ノイズシェーンのお客様も「あの頑固じじい!せっかく、高い本を持って行ったのに、買い取ってくれんかった」と愚痴をこぼされてた方も(笑)。

それくらいこだわりの強いひとでした。

お向かいということで、
例えば「FAXが動けへんのや・・・見てくれへんか?」と。
単に受信用の紙が奥まで入っていなかっただけなのに、奥様が翌日に「昨日は世話になったな~。」とリンゴを持ってきてくださったり。
シャッターのフレームが歪んでしまって開かなくなったのを、力づくでこじ開けてあげたり(笑)。

そんな家族ぐるみのお付き合いでした(笑)。

青空書房といえば、張り紙。

毎週日曜日が定休日。
土曜の夜には、閉店後のシャッターに、自筆のイラストにメッセージを書き添えて、貼り出します。
何気ない、日常的な、それでいて、やはり中崎町の生き字引。
ふか~い、読む人によって捉え方の変わるようなことば。

絵も味がありました。

なんとなく、その張り紙が好きだった僕は、毎週、撮影して、それをブログにアップしていました。
前の前のスマホの中にまだ残っています。

多分、当時は、そんなことをしていたのは僕だけだったようで、
ある時から、それが注目され始め、
2013年には、ポスター展も開催されたみたい。
http://4travel.jp/travelogue/10771609

その前に、僕のブログを見た新聞社が、取材にもこられたり。

>neverまとめができてた<

逸話があります。

ある日、暗い表情をした女性が、フラッとお店に入ってこられ、見るともなしに、本棚を眺めていました。
しばらくして、けん一さんが、一冊の本を差し出しました。
それを見た女性は、泣き崩れた。
その本は、見事に、その時の女性の気持ちを柔らかくほぐしてくれるような内容だったそう。
今となっては、その本の題名もわかりません。
大阪地下鉄のニュースペーパーに掲載されていた、小さなコラムの一文でした。
たしか、その女性が後日、投稿されたと思います。

そんな風に、けん一さんは、その人に必要な本が、なんとなくわかるそうです。

最愛の奥様を亡くされ、それでも、「二人で作って、やってきた店。」を守り続けたけん一さん。


奥さん、和美って言うんやったんやな。

いろんなご事情があり、体調のこともあり、
店舗自体は畳まれましたが、
ご自宅を第二の『青空書房』として、ずっと存続されて。

>ずっと休ませていただきます<

7月2日。
『青空書房』兼、ご自宅のベッドで、眠りながら、奥様、和美さんの元へ、旅立たれました。

僕にとっては、お向いさん。

そして、商売の大先輩。

僕には、最後まで、本は勧めてはくれませんでした。

僕の顔を見るたびに「あんたの顔は、神さんみたいやなぁ。」って。
神様みたいな笑顔で、僕の笑い顔をほめて下さいました。

真顔の僕は、けっこう、キツい表情をしてることが多いので、
「いつも笑っていなさいよ」と、教えてくださってる様に思いました。

本を勧めて下さらなかったのも、我が強い僕ですから、勧めた本を素直に読まないだろうと思っておられたんでしょうね。

逸話をもうひとつ。

なぜか不思議なオーラがある椅子。
何故あるのか、わからなかったのですが。

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「この椅子に座ると出世するねんて!」とテレビで確か、シャンプーハットのてつじが言ってたと思います。

僕は、最後までこの椅子に座らせてはもらえませんでした。
テレビで放送後、座りたがる観光客が増えて、ふしぎな力はもう、なくなっちゃったんじゃないかな。
けん一さんとそんな話をしたことがあります。
(もしかしたら、その頃に、「あんたもあやかっとき」とか言って、座らせてもらったかも…。忘れました。)

でも、そんなテレビよりもずっとむかしに、
FAXの調子を見るときに、この椅子を踏み台にしたことがあります(笑)。

この椅子の上に立ったことがあるのは、僕だけじゃないかな(笑)。

話によると、筒井康隆氏のご母堂の持ち物だったとか。
氏とは、ずっと深いご友誼があったそうです。

僕が移転して、けん一さんも移転して。

あまり出会うことは、少なくなっちゃいましたが。
先日、どこだったかな。
意外なお店。

たこ焼き屋さんかたいやき屋さんか…
もしかしたら、オサレカフェだったかも。
でお見かけしました。
けん一さんも僕に気づいて、いつも通り、笑顔を交わしました。

それがさいごになっちゃいましたね。

おやすみなさい、けん一さん。
本当に、お疲れ様でした。

知り合ってたぶん、15年くらい?
一度も言わなかったですけど、
僕も、本が大好きです。
モーパッサンの「女の一生」も読んだことがありますよ。
知ってたのかな。
本だらけのウチの家、お店のこと。

たぶん、知ってて、「この子には勧めんでも、自分でいい本、探して読むやろ。」って思ってくれてたのかな。
だったらいいな。

和美さんと、お幸せに、ずっと。